みんな誰のために生きてるのって話

まさかこのブログを見てくれてる人がいるらしいことに驚きと喜びが隠せない。

 

ありがとう。

 

自分のための独り言だけど、よかったらゆっくりしていって。

 

今日は夜勤だけだから日中秋の風を感じながらゆったり過ごしてすんごい幸せ。

 

今年に入って初めて1人の時間を持てるようになって思うんだけど、

 

人生にルールなんてないんだなぁって。

生きてれば、ただ生きてさえいれば人生って素晴らしいなって。

 

そう思った。ふと。

いやじわじわだな。

 

偉くならなきゃ

いい会社入らなきゃ

いい学校出なきゃ

いい人でいなきゃ

社会貢献しなきゃ

友達100人作らなきゃ

稼がなきゃ

いいもの食べなきゃ

フェイスブックだインスタグラムだ

ラインが鳴ってる、電話も鳴ってる

友達とランチ行かなきゃ

仕事行かなきゃ

親の期待に応えて

結婚しなきゃ

子ども産まなきゃ

才能開花しなきゃ

ルールを守って

いい人生を

いい時間を…

 

俺は本気でこういうことばっか考えてた。

インスタグラムとフェイスブックはやってないからわかんないけど。

 

自分が本当にそうしたいかって言われたら、別にそんなものに興味はないのに。

 

じゃーなんでそう思ってたの?

って聞かれたら、なんでだろうな。

 

強いて言うなら、

「他人の目と評価が生きる意味」

だったからかな。

 

自分の物差しなんてどっかいっちゃってたな。自分で埋めて隠して見ないようにしてたのかな。自分の思う通りに生きるって、わからない人からしたらただ怖い、不安なことだもんな。

 

そうやって生きてきたにも関わらず、俺の人生を振り返ると真逆を地でいってたから、その時の俺には衝撃だった。

 

他人に作られた借金背負って

大学の専門分野と全然関係ない仕事ついて

結婚意識してた女性のために転職した途端振られて

支払いに追われて給料入った途端全額出て行くし

親とも数年不仲だった

 

今にして思えば、自分で選択せず、満足して歩いてこなかったからいつでも不満たらたらで、他人任せで他人のせいにして生きてた。

自分の全てを他人の責任にして、自分の悪いところは他人のせいにしてた。

 

これじゃ、悪くなっていくのが当たり前だよね。でも、気付かなかったんだよね。あの頃の自分はさ。

他人のせいにしてることすら気付かなかったんだから。

 

それが、強制的に1人になって、自分の人生見つめ直す時間が出来て。

ほんで、いい意味で諦めて受け入れたら、消えないものもあるけどほとんど楽になって問題じゃなくなったんだ。

 

俺は俺を生きるために生まれてきたんだ。

 

いいか悪いかは全く関係なく。

凄いか凄くないかも関係なく。

平凡とかつまらんとかそういったものもぜーんぜん関係なく。

 

自分の意思で歩いているか

自分の意思で選んでいるか

自分の人生楽しめてるか

 

ただそれだけだったんだ。

 

借金とか失恋とか仕事とか。

そういったものは俺の評価を何1つ下げないこと。下げてるとしたら、それは自分で勝手に下げてるだけだってこと。

 

むしろ、評価という概念すら必要ないか。

俺は俺。自分は自分。自分の人生は自分で生きてさえすれば、どうなっても最高。

 

だって、自分の人生を生きるために生まれてきたのだから。

 

カスタムは自由。トッピングつけたきゃつけたいだけ。つけたくなきゃ素材の味を楽しんで。

 

他人は他人。親でさえ、親の人生がある。

 

自分の人生を生きれるのは自分だけ。

あなたはあなたであるだけで素晴らしい。

好きなように、好きなように。

 

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